虫歯でもないのに歯が痛い、最近脚がよくつる、左腕がだるい―こんな症状、見すごしていませんか? そこには危険な病気が潜んでいる可能性があります。
「目がかすんで、見えにくくなったな・・・」
Aさんが40代前半のときだった。近くの眼科へ行くと「糖尿病性網膜症」と診断された。生活を改善するよう指導されたが、痛みが生じるものでもな く、視力が弱くなった程度で日常生活に支障がなかったので、「まあ、いいか」とそのまま放置した。酒好きで毎日晩酌を欠かさず、1日2箱は吸う煙草もやめることはなかった。
そうして6年経ったある日、突然、呼吸困難が彼を襲った。苦しくて歩くこともできず、救急車で病院へ担ぎ込まれた。病名は急性心筋梗塞。そのまま入院して2ヵ月後、容態が急変して帰らぬ人となった。まだ48歳の若さだった―。
金沢医科大学氷見市民病院(富山県氷見市)総合診療科長の神田享勉医師が言う。
「この方には一卵性双生児の兄がいます。兄も糖尿病でしたが、内科で受診して治療を受け、現在も元気に過ごしています。A氏も糖尿病を指摘された時点で、適切な治療を始めていれば、助かったはずです。遺伝子より、本人の生活態度が明暗を分けたのです」
神田医師が勤務する「総合診療科」は、自分の体に異状は感じるが、「何科を受診すればよいかわからない」という患者の診断を行い、適切な診療科へ案内する、いわば「診断のプロ」集団だ。そんな神田医師に、よくある症状の見分け方を聞いた。
●頭痛
急激にきた頭痛で、例えばハンマーで殴られたような頭痛は危ない。クモ膜下出血の可能性アリ。高熱があって頭痛を伴うのも危険。意識が遠のくようなら、髄膜炎かもしれない。逆に、締めつけられるような頭痛や、頭を押して痛む場合は、頭の表面、つまり頭皮の神経が傷んでいる場合がほとんどで、命の心配はない。
●胸の痛み
締めつけられる痛みは要注意。狭心症や心筋梗塞の可能性アリ。逆に、胸がちくちく痛むのは、まず問題ない。肋骨の間を押すと痛むケースも生命の危険はない。
「肋骨の間が痛いのは、『肋軟骨炎』といって、主にストレスが原因なのです」
●腹痛
鋭く持続的な痛みは危ない。局部が痛ければ、自分で押してみるとよい。痛みが強くなれば、腹膜炎の可能性が高い。右下腹部が、押すときより離すときの方が痛い場合は、虫垂炎か憩室炎。背部の痛みも注意が必要で、前屈して楽になるのは、膵臓がんや膵炎が疑われる。
このように、同じ部分の痛みでも、原因は様々。だが、一つの兆候だけで、病気か否かは決めつけられない。日本人に多くみられる「悪い病気」―「がん」「心臓病」「脳卒中」「糖尿病」について、放っておくと危険な兆候を、専門医に聞いた。
いまや日本人の死因第1位で、年間約34万人が死亡しているがん。一般的に、早期がんでは自覚症状がないことが多いことは知られているが、部位によって特徴的な症状はあるという。
●胃がん
空腹時にみぞおちあたりが痛む、食後にムカムカする―このような症状を繰り返したら、要注意だ。
「これは胃潰瘍の症状ですが、胃がんとの合併症が多い。このような症状の出た方が胃カメラを飲むと、胃潰瘍と一緒に胃がんが見つかるケースがよくあります」
こう指摘するのは、都立駒込病院(東京都文京区)外科部長の岩崎善毅医師。胃がんは、初期の場合、症状がないことが多く、検診で発見されるケースがほとんどだという。では、がんがさらに進行した場合はどんな症状が出るのだろうか。
「食欲がなくなる、貧血、便に黒っぽい血液がまじる黒色便などの症状が出ます。食道と胃の境目にできたがんが大きくなると、食べ物がつかえるような感じがする。
胃の下部、腸との境目にできると、食べてもすぐにお腹がいっぱいになったり、吐いてしまう、体重が急に減ってくるなどの症状が現れてきます。ここまで来ると、かなりがんは進行している。そうなる前に、胃の不具合を感じたら、消化器科の医師に相談しましょう」(岩崎医師)
●肺がん
「風邪かな?」と勘違いしやすいのが、扁平上皮がん。気管支の上皮にできるがんだ。化学療法研究所附属病院(千葉県市川市)副院長の小中千守医師が解説する。
「これは比較的早い時期から症状が出るタイプの肺がんです。咳が出たり、ちょっと進行しただけで、血痰が出るようになります。ただ、咳が出るので医 者に行ったが、がんが小さいためレントゲンには何も写らず、『風邪』と診断されて、がんが見逃されたというケースがよくあります。
気管支にがんができた場合も、大きくなってくると咳が出ます。また、気管が細くなるので、ヒューヒューという呼吸音が聞こえ、喘息のような症状も出る。息を吸うときと吐くときのどちらも音が聞こえる場合は、喘息ではなくがんの疑いが強いと判断できます」
こうした症状があったら、痰の細胞診やCTなどを受けることだ。
肺がんは、種類やできる場所によって、兆候の出方が異なるという。
扁平上皮がんの他に、代表的な肺がんに、小細胞がんと腺がんがある。小細胞がんは、進行すると声がかれることがある。腺がんは肺の端にできるの で、初期には症状がないが、進行して、がんが肺から飛び出し胸壁に浸潤してしまうと、胸が痛くなることがある。リンパに転移すると、顔や首がむくんだり、 息苦しくなる場合もある。
「肺がんは、症状が出る頃には手遅れになっていることが多い。ですから、40歳を過ぎたら、年に1回レントゲンを撮ることをお勧めします。症状のない腺がんも、検診で見つかります」(小中医師)
●大腸がん
「便が出きらない、便をしたあとにすぐまた行きたくなる。これは直腸がんの典型的な症状。腸が狭くなっているので、残便感があるのです。そうした症状が出たら、まず大腸がんを疑います。
また、結腸がんでは、便秘傾向や、便が細くなるなどのほか、腹痛があることもあります」
そう話すのは、昭和大学横浜市北部病院(神奈川県横浜市)消化器センター長の工藤進英医師。大腸がんは早期の場合、ほとんど症状が出ないが、進行がんの場合、共通して最も多い兆候は血便である。
「ただ、日本人の約半分は痔持ちなので、血便が出ても『自分は痔だから』と勝手に解釈して発見が遅れるケースがとても多いのです」
肛門に近い直腸がんの場合は真っ赤な血便、S状結腸がんは少し黒っぽく粘性のある血便、胃や十二指腸から出血している場合は墨汁のような真っ黒な 便が出るという。大腸がんは早期の場合、日帰りの内視鏡治療で完治できる。だからこそ、血便が出たらとにかく内視鏡検査を受けることだ。
「沈黙の臓器」と言われるだけに、がんが相当進行しないと症状が出ない。したがって兆候からがんを発見するのは難しい。順天堂大学医学部附属順天堂医院(東京都文京区)肝・胆・膵外科主任教授の川崎誠治医師が言う。
「日本の肝臓がんの場合、C型肝炎をベースに持っている方が7割です。他にB型肝炎が1~2割、最近増えてきた非アルコール性脂肪性肝炎(通称NASH)が1割程度。ですから、肝炎の患者さんは、定期的に専門医に診てもらうことが一番です」
NASHはメタボリックシンドロームの人に多いとされる。また、アルコールを長年大量に飲み続けアルコール性の肝硬変になった場合も、肝臓がんになりやすい。休肝日をもうけることは、その意味でも大切だ。
●前立腺がん
尿の出が悪い、尿意はあるのに出ない、液に血が混じる、ED、昼間2時間おきに尿意を催す、夜中2回以上トイレに起きる、失禁する―これらの症状にどれか1つでも当てはまったら、前立腺の疾患が考えられる。
「これらの症状が前立腺がんに直結するものではありませんが、前立腺肥大や前立腺炎といった前立腺関連の疾患にも共通する症状です。これらの病気と合併して、前立腺がんが見つかることも多いので、兆候には注意が必要です」
長瀞医新クリニック(埼玉県秩父郡)院長の横山博美医師は、こうアドバイスする。特に、尿の障害は、老化とともに、ある程度出てくるものなので、「年のせいだから」と放置している人も多いという。
前立腺がんが進行すると、これらの症状に加えて、背骨、腰、骨盤、恥骨などに痛みが出てくる。骨に転移するためだ。
「前立腺がんは、早期発見なら完治できます。患者さんの多くは60代ですが、目安としては、50代になったら、一度PSA検査を受けてください」(横山医師)
PSA検査とは、血液中のPSA(前立腺特異抗原)を測定するもので、1ng/ml以下であれば、3年に1回検査を受ける。3ng/ml以上の場 合は要注意なので、半年に1回検査をして経過を見る。がんだけではなく、前立腺肥大や、前立腺炎などの場合も、この数値は上昇する。